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「撮らずにはいられない」
刑事裁判 新作で描いた映画監督・周防正行
10月23日(月) 東京朝刊 by 市川雄二
妻の草刈民代があきれるほど、東京地裁に通い詰めた。「また今日も行くの?」と何度も言われた。一番の目的は痴漢冤罪(えんざい)事件の傍聴だった。

周防正行監督=13日午後、東京都千代田区有楽町の東宝(撮影・飯田英男)

大ヒット映画「Shall we ダンス?」(平成8年)から11年ぶりとなる新作「それでもボクはやってない」が来年1月、公開される。満員電車で痴漢に間違われた青年が、裁判で無実を訴える過程を描いた。

学生相撲や社交ダンスなど娯楽色たっぷりだった前作までと違い、テーマは重い。平成21年5月までに裁判員制度が始まることも意識した。「Shall−」で主役だった役所広司に主任弁護人役をお願いした。

周囲から「11年ぶり」と言われるたびに困惑する。前作の全米キャンペーンや雑誌のスポーツ観戦取材、テレビ番組でインドを旅するなど、それなりに充実していたからだ。

「どうしても撮りたいという気持ちにならないと撮れないんです。たくさん企画はあったけど、具体的な映画製作に結び付けるには何かが足りなかった」

そんな周防の心が動いたのは4年前。東京高裁が逆転無罪を言い渡した痴漢事件の新聞記事を読み、「撮らないではいられない」という気持ちにかられた。

自白しなければ拘置が続く現実、刑事事件で起訴されると99%を超す有罪率…。「被告人が無罪を立証しなければならないなんて。漠然と思い描いていた刑事裁判の姿と違った」

冤罪を訴えた元受刑者ら多くの当事者に会い、弁護士や元検事、元裁判官からも話を聞いた。被告人の家族とも話す機会を得た。否認事件だけでなく、演出の参考に他の裁判も傍聴した。取材からシナリオ完成まで、3年に及んだ。

「『疑わしきは被告人の利益に』という刑事裁判の鉄則は、言葉だけの存在で、実態は違う。僕が驚いたことを多くの人に伝え、本当にこれでいいの? という思いを突きつけたかった」

撮影中、こんな体験をした。主人公らが取り調べを待つ検察庁の「同行室」。食事の際にひざまずいてパンを受け取る場面を撮ろうとすると、助監督が不審そうに尋ねた。

「監督、誰がそんなことを言ってましたか」

「スタッフの誰かが言っていたよ」

「誰も言ってないですよ」  幸い、このシーンについてスタッフが周防に説明する様子を、メイキング用のビデオカメラがとらえていた。でっちあげでないことが証明された。

「自分の言ったことを誰にも信じてもらえないのは本当にさびしい。それが国家レベルで押し寄せてくるのが冤罪事件ですからね」

もちろん、心を痛めているのは痴漢にあった被害者本人だ。勇気を振り絞って「犯人」を警察に突き出す。だが、真犯人であればいいが、もし勘違いだったとしたら…。

全国痴漢冤罪弁護団によると、痴漢事件の無罪確定は現在まで21件、うち電車内の事件は18件。控訴審で逆転有罪となったケースもある。

今回、初めて「おもしろい映画」を作ろうと思わなかった。痴漢冤罪の存在は知っていても、どうして間違えられ、有罪になるのか、よくわかっている人は少ない。理由を解き明かすうえで、冒頭陳述の朗読や証拠の告知など公判手続きが丹念に描かれる。小細工はない。

「計算があったわけじゃなく、現実がそうだから、法廷シーンに何か工夫を加えようとか、一切考えなかった」

野球少年だった。中学2年でひじを故障し、本や映画にどっぷり浸った。立教大生のころ、後に東大総長となる蓮實重彦の講義が、映画表現に対する考えを定めた。

映っているものをそのまま見なさい−。

「映画は映っているものがすべて。何を撮るべきか(当時の教えは)いまだに強力にあります。蓮見先生がおっしゃったのは、人がいかに見ていないかを自覚しなさいということだと思います」

50%も伝わらないと覚悟する。だからこそ1つ1つのシーンをおろそかにしない。

小津安二郎監督の作品にのめりこんだ。昭和59年に成人映画でデビューしたとき、小津映画を思わせる撮影手法が話題を呼んだ。修行僧らの青春をコミカルに描いた「ファンシイダンス」(平成元年)、学生相撲を題材にした「シコふんじゃった」(4年)と話題作が続き、「Shall−」で大ブレークした。主演のバレリーナ、草刈とは公開中の8年に結婚。互いを尊重しあう表現者同士の併走は今も続き、草刈が企画・プロデュースするバレエ公演「ソワレ」のドキュメンタリー番組を撮ったばかりだ。

「Shall−」は社交ダンスブームを巻き起こし、全米では邦画の興行収入記録を塗り替えた。ハリウッドでリメーク版も製作された。「アパートの鍵貸します」など数々の名作を生んだビリー・ワイルダー監督も生前、「大好きな映画」と絶賛した。

「そりゃあ、ワイルダーに褒められればうれしいですよ。でも、映画館で一般のお客さんが喜んでくれるのが最高。『シコふんじゃった』のとき、スバル座(東京・有楽町)に最終回を見に行ったら、(立ち見客であふれ)扉が閉まりきらずに開いているわけです。一番後ろの人が飛び跳ねながら見て笑っていた。それを見たとき、すごく幸せでした」

司法を真剣に語る一方で、根っからの映画人ぶりもみせる。司法を見ることで、人の考え方の歴史がわかると実感した。

「僕にとって司法はすごく重いテーマ。これ一本でおしまいというわけにはいきませんね」

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