例えば、ハッタリ−−。
障害の多い恋人同士が未来を夢見ながらも現実のしがらみにあえぎ、くじけ、別れの恐怖から逃れるために、不安をうそに変えていたとする。
「ゼロから始めよう。来年にはきっとうまくいっている」
この映画の主役である米企業「エンロン」はまさに、このハッタリを繰り返す。根拠もなく過信のなかで築かれる虚構。「いかにして崩壊したのか」−−。この謎(なぞ)をとくカギが、実は人間の深意にあること。これこそこの映画のおもしろさだ。
アレックス・ギブニー監督は製作のきっかけをこう話す。
「エンロンの物語は企業スキャンダルだけではない。まるでギリシアの悲劇のような人間ドラマだと感じた」
“エンロンの一生”に魅せられたのだ。
2001年12月、売上高全米第7位、世界第16位(Fortune誌)の巨大企業、エンロンが不正疑惑発覚からわずか46日後に破綻した。当時、米国史上最大の企業破綻、企業スキャンダルと報じられ、負債総額2兆円、失業者は2万人にものぼった。
エンロンはテキサス州ヒューストンに本社を置く世界最大のエネルギー卸売り会社。1985年の設立以降、エネルギー業界の規制緩和に便乗し、急成長を遂げた。
最盛期にはガス、電力の市場において約4分の一のシェアを誇り、41カ国への海外進出を果たす。
企業破綻を追ったドキュメンタリー映画などピンとこない、という人も多いかもしれない。が、あっという間の110分だった。
映画の中で同社幹部や弁護士など関係者らは、円ロンを、1912年に北大西洋上で沈没した豪華客船「タイタニック号」に例える。
「沈むことを知りながら、なおも航海を続けた」「幹部は氷山にぶつかった後、船を置き去りに救命ボートで逃げた」「電力の供給まで操作し、株価を変動させた。沈没時に点灯していたタイタニックのほうがまだマシだ」など。
関係者の証言で崩壊までの経緯を、それらを実証する当時の内部映像や音声テープを流してたたみかけるような構成で追いかける。
エンロンの爆発的な成長のからくりはこうだ。時価総額(会社の価格)は時価会計といって通常、第三者や主要な流通市場の公平な価格が用いられる。が、エンロンは取引の複雑さから、参照する市場がなく、エンロン自体が時価を算出していた。
企業を1本の木に例えると、果実は昨年の実り具合や土壌、天候の変化のなかで予測される。しかし、“エンロン”という木は、相対的なデータを無視し、その先10年や20年といった未来の収穫を大胆に“豊作”だと決め、木の値打ちを上げた。
だれもがエンロン神話を疑うこともなく、まんまとあざむかれていく。第二次世界大戦中、ヒトラーは「大衆は小さな嘘より大きな嘘の犠牲になりやすい」と国民を扇動した。その心理にも似ている。
この点をギブニー監督は「エンロンは意図的に不正行為を働いたわけではない。積み重なった結果起きたことで、だからこそ狡猾(こうかつ)さが増したのだ」と話す。
そんななかで米有力誌「フォーチュン」の女性記者、べサニー・マクリーンが、その企業運営に疑問を投げかける。
マクリーンは映画の中でも証言者として登場するが、エンロンの主要幹部、ジェフ・スキリング(元最高経営責任者)との電話のやりとりが興味深い。
「急成長の根源は何かと聞いたら、『君は勉強不足だ』と言われたの。彼らの回答にはいつも根拠がなかった」
嘘を重ねると、本人ですら、それが嘘だと分からなくなるような感覚麻痺。深層心理。エンロンが演じたでっちあげの舞台は今だからこそ首をかしげる。しかし当時、“大きな嘘”にはだれもが危うかったはずだ。