ベッドにもぐりこみ至福のひとときを迎えているとき、携帯がメールの着信を知らせて2度鳴った。2通とも学生時代の友人から。互いに面識もない2人なのに同じ内容だった。
「来年、結婚します!」
とうとう“第3次結婚ブーム”が来ましたか…と喜びより先にため息。周囲の状況から判断すれば、第1次は26、27歳のとき。第2次は多くの女性が焦る三十路手前の29。30になると一の位がゼロになったことによる若返りの錯覚、さらには大台に事実で精神的負担はむしろ一気に減るが、やがてくる“第3次”。
団塊ジュニアと呼ばれる私の世代は同時に晩婚、少子化をけん引するともいわれるが、仕事と結婚とをてんびんにかける場合も少なくないはずで、それなりの理由があるのだと、その夜は眠りに落ちた。
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でも、もしも「14歳でお嫁に行け」といわれたら?
フランスの伝説的王妃、マリー・アントワネットは18世紀半ば、14歳でオーストリア皇女からフランス王太子(後のルイ16世)のもとに嫁いだ。
14歳の少女が、いきなり見知らぬ国の未来のプリンセスとして迎えら入れられたらどんな気持ちだろう。「ロスト・イン・トランスレーション」(2003年)でアカデミー賞脚本賞を受賞したソフィア・コッポラ監督はそう思い、新作のヒロインに選んだ。
「マリー・アントワネットの有名な言葉『パンがなければお菓子を食べればいい』は知っていましたが、どれだけ彼女と夫のルイ16世が若かったかに気づいていなかった」とソフィアは語る。そんな意外な切り口で製作は始まったのだ。
「ロスト・イン−」では大都会の一流ホテル、パークハイアット東京を舞台に、主人公の女性(スカーレット・ヨハンソン)の、若さゆえの不安定さや繊細さに固執した。本作「マリー・アントワネット」でもフランス政府の協力のもとベルサイユ宮殿に乗り込み、フランスの伝説的王妃の心の内に迫る。
「彼女はフランスでは外国人とみなされ、宮殿では彼女に無関心な夫や彼女を酷評する王室の人すべてと向き合わなければならなかった。裕福だけど愛のない結婚生活を、現代の妻のように買い物やパーティーで気を紛らわせただけ」と時代を超えて、女性の気持ちにこだわった。
ソフィア監督のアントワネットは18世紀には存在しなかったポップミュージックをバックに飛び回る。ベルサイユ宮殿を抜け出し仮面をつけて忍び込んだ舞踏会。許されない恋。飽きることのないショッピング…。
ソフィア監督は、そんな少女の無垢(むく)と無知を見守り、やがて女性の自覚を強調させる。
結婚8年目に授かった娘にアントワネットはすべてを注ぐ。母親の喜びを知り、続いて誕生した長男を抱きかかえる表情には余裕があふれ、母親としの表情にも磨きがかかる。
そんな王妃を演じるのは、「スパイダーマン」シリーズ(02、04年)や「ウィンブルドン」(04年)、「エリザベスタウン」(05年)で一気に“ビッグハリウッド”の仲間入りを果たした女優、キルスティン・ダンスト。
ダンストのエメラルド色の魅惑的でさめたような冷たい視線は、アントワネットの品位と強い自尊心にふさわしい。
ソフィア監督もダンストの起用について「(ダンストは)ドイツ人の血をひき、この役に完璧なルックスと肌の持ち主だった」と女性らしい感性で語る。
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第59回カンヌ映画祭でレッドカーペットを歩くソフィア・コッポラ監督(左)とキルステン・ダンスト=2006年5月24日 |
アントワネットは子育てを通して、母と妻の意識が芽生える。それまですれ違っていた夫、ルイ16世を理解し、支えになろうとする。
が、世間はアントワネットのけた外れのおてんばぶりを許さず、フランス革命が起こる。べルサイユ宮殿に押し寄せる民衆にアントワネットはバルコニーを開け、深く頭を下げ謝罪と敬意を表する。
映画はこの歴史的に有名な一幕を実際の場所で撮影している。ソフィア監督は「彼らが本当によみがえるのではないかと思えたほど特別な経験だった」とふり返る。
物語はアントワネットがフランスに嫁いで20年目、国王一家がヴェルサイユ宮殿を離れるまでを描く。きらびやかな生活に閉じ込められたオーストリアの少女も、女性のだれもが通過するような苦悩や喜びを身分は違っても味わい、成長していく。
37歳になるソフィア監督は現在、妊娠中でこの冬に出産予定。14歳の少女からソフィアへ、そしてソフィアから“第3次”の花嫁に本作は贈られたのかもしれない。