「雪に願うこと」
根岸吉太郎監督、盟友・相米慎二監督の遺志を形に
5月29日(月) 大阪夕刊 by 戸津井康之
「意識したつもりはないが、結果として彼の遺志を継いだ形になったのかな…」。自ら“天の邪鬼”と認める根岸吉太郎監督は新作「雪に願うこと」を完成させこう振り返った。彼とは根岸の盟友、故・相米慎二監督。撮影準備を始めた矢先に急逝した相米に代わり、名乗りを上げたのが根岸だった。

今作は昨年の東京国際映画祭でグランプリほか主要四冠を受賞。「東京国際のグランプリ初受賞の日本人監督が相米だった。これも何かの因縁かな」。ニヒルに、だが満足げな安堵(あんど)の笑顔が根岸の横顔に広がる。

《東京で一旗揚げようと起業するが失敗、失意の青年実業家、矢崎学(伊勢谷友介)は故郷の北海道へ帰ってくる。兄(佐藤浩市)は「ばんえい競馬」の小さな厩舎(きゅうしゃ)を経営。しばらく身を寄せることにしたが…》

ばんえい競馬とは、騎手が乗る重量数100キロのソリを曳いて競う障害物レース。開拓精神が生んだ、北海道ならではの道産子競馬だ。“大の馬好き”の相米が映画化を企画していたが、5年前に死去。代わってメガホンを執ることになった根岸は修業時代、相米とともに助監督として撮影現場で過ごした仲だった。

「彼が亡くなり、心にポッカリと穴が開いたようで…。撮影は遺志を継ぐというより、彼にゆかりのある俳優やスタッフとともに“喪に服す”作業でした」と明かす。根岸の思いの下に美術や照明などのスタッフはもちろん、佐藤浩市や小泉今日子ら相米組のキャスト陣も賛同し、北海道へ駆けつけた。

土臭さに包まれた北海道の厳しい大自然が舞台。題材も洗練されたサラブレッドの競走とは一線を画する粘りと泥臭さが特徴のばんえい競馬の世界だ。だが、そこから這(は)い上がろうとする人と馬の荒々しい息遣いが、臨場感たっぷりに耳元に迫る。ひ弱い都会人が失いかけた生命力の逞(たくま)しさを優しく、かつしたたかに教えてくれる。

今作はあえて地味な小品に挑んだ。近年の日本映画界が志向する大作主義に抗(あらが)うように。「正直、不安もありましたよ。でも東京国際という世界の舞台で認められ、一つの結果が提示できたことを素直に喜びたい。古き良き日本映画が持っていた世界観を描き、それが認められたのですから」

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