ENAKが観た「タイヨウのうた」
タイヨウに代わって降り注ぐ愛情
5月24日(水) by 久保亮子
休日の午前中、洗濯を干し終えてバルコニーに続く大きな窓を開け放しにしていると、私の名前を呼ぶ甲高い声が聞こえてきた。向かいに住むコイケさんちのおばさんだ。
「サトイモを煮たんだけど食べる?」「町内会の総会、顔見なかったけど…」「今年は実家に帰るの?」
…などなど、ソファに上って不安定に窓枠を握りながら話しかけてくる。
東京都心で一人暮らしを始めて、まさかこんな穏やかな近所付き合いがあるとは思いもしなかった。必要以上の人間関係はうとましくさえ思われがちな世の中で、私にとってはかすませたくないひとときだ。
「タイヨウのうた」にもそんな時間が流れている。「踊る大捜査線 THE MOVIE2」(15年)をはじめ、「海猿」(16年)「ALWAYS 三丁目の夕日」(17年)などを手がけた制作プロダクション「ROBOT(ロボット)」の新作だと聞いて納得した。
紫外線を浴びることで皮膚に重い障害をもたらす病気、XP(色素性乾皮症)を背負った少女と、サーフィンに熱中する男子高校生とのみずみずしい恋が描かれている。
<<太陽の光にあたれないXP(色素性乾皮症)という病気を抱える16歳の雨音薫(YUI)は、学校に行かず、夜になると駅前の広場でうたう日々を過ごす。そんな薫の楽しみは、眠りにつく前の明け方、窓越しに高校生サーファー、藤代孝治(塚本高史)を目で追うこと。決して日中に外で出会えない2人だが、次第にひかれあう。そして、薫の歌に心揺さぶられた孝治はある約束をする>>
日にあたれない少女を演じるのは、昨年春の“月9(ゲック)”ドラマ「不機嫌なジーン」の主題歌「Feel my soul」でデビューを華々しく飾った異例の新人、YUI。芯の通った透明感ある歌声はセリフにまで響き、雨音薫の純真な個性を浮き立たせる。
監督は、25歳の若さで抜擢されたROBOT映画部所属の小泉徳宏。これが長編デビュー作となる。
「生命の問題や家族の問題、いろいろなテーマを複合的に含んだ映画ではありますが、あくまでラブ・ストーリーであることを重視した」と小泉は意気込みを語るが、これこそが“ROBOT作品”共通の認識であり、人気の秘密ではないか。日本映画を日本人の日常、感覚の中から気負いなく切り出していく。
薫のまっすぐな初恋がテーマではあるが、薫のピュアさを育んできた環境、家族や友人という“和”も丁寧に描く。
なかでも、薫の父、雨音謙(岸谷五朗)と薫の親友、通山愛里(松前美咲)との掛け合いがユーモアにあふれ、温かい。恋に憂う娘を見ていられない謙は娘の親友である愛里を内緒で呼び出し、娘の心境を探ろうとする。友情に誓って堅く口を閉ざす愛里だが、「また、昔みたいに“げんこつ”食らいたいか?」の言葉にあっさりと寝返る。
愛里は薫の話し相手となって、遠慮のかけらもなく雨音家に入りびたるが、薫の母、雨音由紀(麻木久仁子)も心地よく応戦する。玄関ですれ違う愛里に困惑しながらも笑顔で、「ちょっと言いにくいんだけど…冷蔵庫のもの、あんまり食べ過ぎないでくれる?」。
親は自分の娘に限らず、すべての子を育てる。
「できることはしてあげる」「想うだけ愛する」「仲間だから関わる」といった、時には照れや恥じらいが邪魔をしそうな思いやりが、この映画には違和感もなく流れる。
昨年の9月から11月にかけて鎌倉を中心に撮影された。撮影に並行してYUIは主題歌「Good−bye days」を作詞、作曲した。太陽に代わって薫に注がれる周囲の愛情に、歌のお返しだ。