監督やプロデューサーとして映画界に影響を与えてきたフランスの鬼才リュック・ベッソンが、新作「アンジェラ」で6年ぶりにメガホンを執った。「私はこれまで手掛けた作品と同じものは絶対に作らない」。この公言通り、パリを舞台に全編モノクロームで描く純愛作品は、彼が築いたいずれのジャンルにも属さない。来日したベッソンに聞いた。
「この映画に主役は4人いる」と言う。2人の俳優とパリの街、そしてモノクロームのフィルムそのもの。
≪セーヌ川に架かるアレクサンドル三世橋の上に立ちすくむアンドレ(ジャメル・ドゥブーズ)は人生の絶望の淵にいた。彼の目の前にアンジェラ(リー・ラスムッセン)が現れる…≫
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「6年間、監督業を放棄していたわけではないよ。新作アニメを年末にフランスで公開予定。日本でも見てほしいね」と話すリュック・ベッソン監督 |
撮影は真夏。強い光線と人ごみを避けるため、毎日午前5時から午前10時までと夕方だけに撮影を限定しカメラを回した。
「パリには低い建造物が多い。太陽が真上ではなく低く傾き、建物が落とす影が描き出す風景を写し撮った。私が生まれ育ったパリの一番魅力的な表情を撮りたかったんだ」
「白黒」に込めた思いは、映画のテーマそのもの。生と死、善と悪、男と女、光と影、土と太陽、金髪と黒髪…。今作では徹底して相反する世界観が描かれる。粒子の細かいカラーフィルムをモノクロに変換するなど、光線と発色のために随所に工夫が凝らされた。
監督と並行してプロデューサー業も長く、「TAXi」「トランスポーター」など人気シリーズを手掛けてきた。
「両立のバランスは?」の問いに「仕事を自動車に例えよう」と言った。「プロデューサーとはエンジンをいじるメカニック。監督はハンドルを握るドライバー。まったく違う仕事と言ってもいい。エンジンをいじっている方がリスクは圧倒的に少ないよ」
ではどちらの作業が好きか?
「私は脚本を書いている時が一番楽しい。脚本家として映画にかかわるのがいいね」
フランスを愛する“パリっ子”としての誇りを持つ一方で「私はフランス人監督という意識はなく、あくまで映画人の1人と思っている。将来は日本をはじめ世界各国の映画人と一緒に映画作りにかかわりたい。国境や、さらに世代を超えた映画文化を作っていきたいね」と朗らかに笑った。
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新作「アンジェラ」の宣伝のため来日したリュック・ベッソン監督は、今月8日には、東京・丸ビルホールで記者会見した。「レオン」のナタリー・ポートマン、「フィフス・エレメント」のミラ・ジョヴォヴィッチ…など“シネミューズ”(映画の女神)発掘の眼力でも知られるが、この日の会見には「アンジェラ」で白羽の矢を立てたデンマーク出身の女優、リー・ラスムッセンを伴っていた。
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リュック・ベッソン監督と主演のリー・ラスムッセン(左) |
一問一答は次のとおり。
リュック・ベッソン監督「フランスのプレスよりも日本のプレスのほうが好きだ。心も知性も広い」
リー・ラスムッセン「こんにちは。ようこそ。次回作ぜひ日本語でと思っています」
──6年ぶりの監督作だが?
ベッソン監督「この6年間はバカンスをしていたわけではなく、『アーサーとミニモイ』というアニメの制作をしていた。その後『アンジェラ』にとりかかった」
──タイトルを「ANGEL-A」とした意味は?
ベッソン監督「登場するアンジェラとアンドレという2人の人物は2人で1人の人間です。それを哲学的に表現したかった」
──ラスムッセンに。(ベッソンの)記念すべき10作目のヒロインに選ばれたが?
ラスムッセン「女優としてとても名誉なこと。人間としての喜びとも言えます。今ここで人生が終わっても悔いがないくらいに満足しています」
──アンジェラはどんな女性?
ラスムッセン「たばこと酒が好きな“ビッチ(あばずれ)”」
──女優とモデルの違いは?
ラスムッセン「ファッションの仕事をするときは体のみ。絵を描くときは魂のみ。監督をしているときは脳のみが必要ですが、女優としての仕事は、すべてが必要でした」
──ベッソン監督に。あえて全編モノクロにした理由は?
ベッソン監督「お金がなかったんだ! この作品はすべて対照になっている。金髪と黒髪。すべてにおびえる男、すべてにおびえない女…など。だから、白と黒になるのは必然。私の最初の作品はモノクロで、最後の作品もモノクロ。そういった意味で、原点に返った」
──6年ぶりに自分で監督しようと思ったのはなぜか。心境の変化があったのか。とてもおだやかな表情をしている印象を受けるが。
ベッソン監督「私の心境の変化を感じ取ってくれたことを、とてもうれしく思う。実は『アンジェラ』の初期段階での試写でショックを受けたことがありました。ラストのせりふである『私は自由である』という言葉が、私の最初の作品のラストとまったく同じだと気づいたからです。今、その言葉と同じようにとても自由な気持ちです。私は長年、ハリウッドから商業的な作品を作れといわれ、プレッシャーを受け続けてきた。今はそういったことから解き放たれて、自由な気持ち、手法、発想で映画を作っています。これまでは自分は何者なのかという疑問がいつもつきまとっていましたが、今は『自分は自分である』という結論に達することができているのです」
──ラスムッセンに。役作りの上で心がけたことはなにか。
ラスムッセン「まず、フランス語がまったく話せなかったのでリュックから3カ月もらって、その間に全力で覚えました。撮影に入る前に、リュックと(共演の)ジャメル・ドゥブーズと3人で舞台でお芝居するかのようにリハーサルを進めました。その経験は私の宝物になっています」
ベッソン監督「初対面のときの、ジャメルのリーに対する視線を見たとき、この映画は成功すると思った。リーは安心しきっていて、ジャメルはとても穏やかだった。とてもすばらしい瞬間でしたよ」