「明日の記憶」
渡辺謙から依頼、映画化 堤幸彦監督に聞く
5月12日(金) 大阪夕刊 戸津井康之
広告代理店営業部長。50歳。仕事も家庭も充実した人生の全盛期にある彼を突然、若年性アルツハイマーが襲う…。映画「明日の記憶」を撮影した堤幸彦監督も現在50歳。「映画監督のターニングポイントとも言える年齢で出会えた大切な作品。第2のデビュー作と言いたい」と話した。
≪小さな広告代理店の営業部長、佐伯(渡辺謙)はビッグプロジェクトの契約も無事に果たし、娘(吹石一恵)の結婚も決まって幸福な日々を送っていた。が、体調の異変に気付いた妻(樋口可南子)に付き添われ病院で診断を受け、がくぜんとする。若年性アルツハイマーだった…≫
映画化を企画しプロデューサーに自ら名乗り出たのは
渡辺謙。「自宅の留守番電話に監督依頼の伝言が入っていた。長い間、監督を続けてますが、初めての経験。監督冥利に尽きます」と笑った。荻原浩の原作小説を読んだ渡辺は、すぐ「堤しかいない」とロサンゼルスから電話をしたのだという。
堤は「TRICK」「池袋ウエストゲートパーク」などテレビドラマに画期的手法を取り入れた監督として名をはせてきた。「これまで試みてきたテイストとは違う作風にしたかった。新しい“一里塚”になるだろうなと決意した」という。
渡辺に求められたのは「悲しい物語だが、単純な“お涙ちょうだい”の作品にはしたくない」という条件。恋愛ものの演出が得意な監督は他にもいる。渡辺がこだわったのは、堤が持つ独特のユーモアや心の機微の描写力、鋭い洞察力だ。
堤にとって今作は「映画学校に通うような毎日であり、試練でした」と言う。現場で俳優陣の演技を確認し、その場で脚本を書き換えることも珍しくなかった。リハーサル後にもさらに脚本を微調整。「でも撮影後に結局、ばっさりそのシーンを切ったりね。一方で緊張感ある場面は1発本番で撮ったり…。これまでの経験を一度ゼロにしてあらゆる手法を試みました」
テクニカルな演出技法でコミカルかつユーモラスな人間描写を得意としてきた堤が、今作では人間の心の奥ヒダに肉薄するシリアスな精神描写に真正面からトライする。「得意分野を狭めず、多方面に広げていく自信を深めた。チャンスを与えてくれた渡辺さんに感謝したい」