ENAKが観た「レント」
僕らは、だれに何を支払うのか
5月1日(月) ENAK編集長
■ ■ ■ 伝説のミュージカル 映画化
「伝説のミュージカル」と呼ばれているのだと、産経新聞で演劇を長く担当した記者が教えてくれた。ピューリッツァー賞も受けた大ヒットブロードウェーミュージカルの映画化。「ハリー・ポッター」シリーズのクリス・コロンバス監督がメガホンをとった。初演時のいわゆるオリジナルキャストがそれぞれの役で出演しているのも話題だ。
ロジャー役のパスカル(左)は、「レント」をきっかけにいまやブロードウェーを代表する俳優になった。ミミ役のドーソンはオリジナルキャストではない。年月が過ぎたことで、もはや若い役を演じられないと映画出演を辞退したオリジナルキャストもいる。
なぜ、伝説なのか。ミュージカル「レント」は、脚本、作詞作曲を手がけ、上演直前に35歳の若さで亡くなったジョナサン・ラーソンの生き方がそのまま反映され、そのリアルな息吹が多くの観客の共感を得た。リアルさがヒットの要因になる。まるで、ロックンロールのように。それはブロードウェーミュージカルでは珍しいのだという。
映像作家を目指すマーク(アンソニー・ラップ)と自信を喪失したミュージシャン、ロジャー(アダム・パスカル)は、ロフトで共同生活をしている。家賃は払えない。トム・コリンズ(ジェッセ・L・マーティン)は哲学の教授。クリスマスイブの夜、マークらのロフトを訪ねて暴漢に襲われる。介抱してくれたエンジェル(ウィルソン・ジェレマイン・ヘレディア)と“ソウルメート”になる。マークらの階下に住むミミ・マーキーズ(ロザリオ・ドーソン)は、ロジャーに思いを寄せるが、ロジャーは自分がエイズウイルス(HIV)感染者であることから、だれの愛も受け入れずにいる。マークたちのルームメートだったベニー(テイ・ディグス)は資産家の娘と結婚。今はロフトのオーナー側の人間として家賃の催促にやってくる。
プッチーニのオペラ「ラ・ボエーム」を下敷きに、80年代米国の風俗、HIVなどの問題を取り入れた物語は、当たり前のことかもしれないが、観る人のこれまでの人生の足跡がどのようなものであったかによって、共感のポイントは変わる。
■ ■ ■ なぜ「家賃」なのか
演劇よりは音楽のほうが得意の僕は、まず、冒頭の歌「シーズンズ・オブ・ラヴ」に圧倒された。映画を見終わったら、その足でCD店に寄り、絶対にサウンドトラック盤を買うぞ、と思いながらスクリーンを見つめ続けた。
舞台が1989年から90年のニューヨークということもあり、当時の米軽音楽の影響が色濃い音楽が続く。女装のエンジェルが披露する「トゥデイ・4・U」は、題名の表記方法からしてプリンスの影響がもろに感じられる。現代が舞台だったらラップ色が濃くなるのだろうか。いずれにしろ当時の米国ロックならではの、“熱さ”は、懸命にきょうを生きる主人公たちに似合いのサウンドだといえる。
もちろん、ただ“熱い”だけの物語ではない。
僕がずっと考えていたのは2つ。ひとつは、なぜ「レント」という題名なのか。確かに「家賃」をめぐるやりとりは登場する。終盤マークが、テレビ局の仕事を得て家賃を支払ってみせる場面も出てくる。問題を乗り越えて家賃を払えるようになるのも主題のひとつなのかもしれない。
しかし、僕はもっと象徴的な意味があるのかなとそのことをずっと考えていた。演劇に詳しい人からは、そのあたりの理屈は、すでに言い尽くされていると指摘されそうだが、僕などは、あらかじめて提示されている答えを知らないままに、見るのがいちばんおもしろいのではないかと考える。
「家賃」同様、僕らは生きるうえで、だれかに何かを支払わなくてはならないのか。だとしたら、それはだれなのか。何を支払わなくてはならないのか。
たとえばHIV感染者のための「ライフサポート」という集まりが出てくる。輪になって座り、さまざまに自分のことを語る。カメラがその円をぐるりと映しながら時間の経過を表現すると、ひとり、またひとりと出席者の姿がフェードアウトする。この場面は、単に米国社会をリアルに表現するために挿入されたわけではあるまい。
絶望したミミが失跡する。発見されたときは衰弱しきっていた。力を失っていくミミが、結局どうなるか。ラーソンはプッチーニとは逆の回答を用意する。なぜ、ラーソンはこちらの回答を選んだのか。
それらには、キリスト教的な「家賃」の意味が込められているのかもしれないが、僕などには分からない。
ともかく、考え続けて見た。
■ ■ ■ 若い人にこそ観てほしい
もうひとつ考えたのは、「明日のためにきょうを生きる」という彼らの生き方についてだが、おそらく僕がもっと若ければ非常に強く共感したはずだが、もはや明日もきょうもなく、だらだらと生きる身としては、ちょっと体力が足りなかった。このあたりは、ぜひ若い人たちに見てもらい、感じ取ってほしいところだ。
ところで、公開中の「プロデューサーズ」(スーザン・ストローマン監督)といい、米国ではこのところブロードウェーとハリウッドはお互いがお互いを取り込もうする傾向が強まっているらしいが、ミュージカル映画って日本ではどうなんだろうか。
すると演劇担当記者がこういった。
「『レント』の場合は、たとえば日本版に出演した俳優、山本耕史が『人生観が変わった』といったように、熱狂的な支持者がいる。映画版もきっとそういう支持者を得るのではないか」