是枝裕和監督「楽しいウソをついてみたい」
映画「花よりもなほ」 “弱い侍”に託したメッセージ
6月9日(金) 大阪夕刊 by 戸津井康之
親に置き去りにされ餓死した子供たちを描いた「誰も知らない」の是枝裕和監督が、時代劇「花よりもなほ」を撮った。これまでの作風とは一線を画すが、是枝は「ただエンターテインメントを撮りたかった。時代劇は昔から好きだったし」とすました顔で言う。殺陣シーンもほとんどなく“徹底して戦わない侍”に込めた理由やメッセージがあるはず。新作に込めた意義を聞いた。
現代社会の闇を問う社会派映画「誰も知らない」の製作現場で、「次は楽しいウソをついてみたい」という欲求が生まれたという。ミュージカルにしようかとも迷った末に時代劇の構想を固める。「強い武士が活躍する時代劇に嫌気がさしていた。弱い武士を描こう。僕自身が見たい時代劇を撮ろう」と決めた。
《元禄期の江戸。宗左衛門(岡田准一)は父の敵を追って信州から上京し、貧乏長屋に身を隠して敵討ちの機会をうかがっていた。長屋の住民は脛に傷持つ者ばかり。歳月は過ぎるばかりで敵討ちの機会を逸した彼は隣人の未亡人、おさえ(宮沢りえ)に心ひかれていく…》
京都太秦の撮影所には極貧の流れ者たちが住むボロボロの長屋のセットが組まれた。是枝は「とにかく朽ち果てた長屋を作ってほしい」と指示。壁も床も曲がりくねり、直線が存在しない前代未聞のセットになった。「楽しいウソ」を見せるための「大真面目なウソ」。ベテランの美術担当、磯見俊裕も「こんなリアルなセットは今まで組んだことがない」と言う。
是枝は「300年前の貧乏人の家はこうだったはず。同時に武士の世界も勇ましい侍ばかりではなかったはず」と言う。首をかしげながら見てきた時代劇への自らの回答。「弱い者が人々と触れ合う中で少しだけ周りを変えていく。そんな世界観が描けていれば」と言う。
武士が闘うことを放棄した時代劇…。「絶えないテロ、報復の戦争が繰り返される殺伐とした世界情勢に対し、日本人監督が放つメッセージではないのか?」。こう問うと、是枝は「自由に書いてください」と最後まで煙に巻いた。