残留兵士の怒りと悲しみ
ドキュメンタリー「蟻の兵隊」
7月21日(金) 東京朝刊 by 松本明子
中国山西省の日本兵残留問題。初めて耳にする人が多いのではないか。奥村和一(わいち)という人がいる。19日に82歳を迎えた彼が国を相手に法廷闘争を続ける姿を追ったドキュメンタリー映画「蟻の兵隊」が22日から、東京・渋谷のシアター・イメージフォーラムで上映される。奥村にほれ、彼のメッセージを伝えようと尽力する池谷(いけや)薫監督に話を聞いた。
テレビのドキュメンタリー番組を数多く手掛け、監督デビュー作となった長編「延安の娘」で世界各国から称賛された池谷が奥村を知ったのは2年前の4月。「裁判を見に来てほしい」という関係者の一言だった。
「元残留兵が軍人恩給を求めて提訴したのですが、国は軍籍を認めず、最高裁でも棄却されました。高齢の原告団は当初の13人から現在は4人。その1人が奥村さんです。政治的なメッセージはまったくありません。戦争と人間をテーマに1人の人間を追ったドキュメンタリーです」
奥村は山西省で終戦を迎えたが、上官に残留を命じられる。昭和23年に人民解放軍の捕虜となって抑留生活を送った後、29年に帰国するが、待っていたのは軍籍抹消という現実だった。国を相手に奥村の闘いが始まる。
「彼は、殴られるかもしれないと覚悟する中国への旅で、家族にも言えなかったかつての記憶をよみがえらせる。ドキュメンタリーのすごさは予期せぬ出来事、シナリオを超える瞬間が訪れること。中国での撮影がまさにそれだった」
「うその歴史を残したくない」という奥村の執念に、池谷は「遺言としてどこかで知ってもらいたかった」と話す。映画には、現在は寝たきりでまもなく100歳を迎える元中佐のほか、日本軍に被害を受けたという中国人女性も登場する。すべてが生き証人である。
「タイトルは残留兵の方々の手記集からつけました。裁判は再審の道もありますが、それには新しい証拠を出さないといけない。何より時間がないのが切実な問題です」
2人の男の執念が実ったのか、試写を見た主婦や大学生ら600人以上が「蟻の兵隊を観る会」を結成。ようやく公開にこぎつけた作品は、今年の「香港国際映画祭」で“人道に関する優秀映画賞”を受賞した。