米ハリウッドでドキュメンタリー映画がかつてないブームを巻き起こしている。製作費が安いため、手堅くもうけられるのが最大の理由だが、ここ数年、有名人の半生を描く伝記映画や、実話が題材のシリアスな作品が人気を集め、映画にリアリティーを追求する動きが加速。これが人々の目をドキュメンタリーに向けさせるきっかけになっているとの指摘もある。
|
地球温暖化防止を訴える「不都合な真実」(配給・UIP映画) |
今年のハリウッドの最大の特徴は、地味な題材を深く取材したドキュメンタリー映画が大量に登場し、高い評価を獲得していることだ。
ゴア元米副大統領が、地球温暖化の恐ろしさを訴える「不都合な真実」や、クロスワードの歴史を紹介する「ワードプレイ」、ペレが所属した米プロサッカー・チームの栄光の歴史と金権体質にまみれた暗部を描く「ワンス・イン・ア・ライフタイム…」。さらにはカナダ出身の詩人兼歌手レナード・コーエンや、米ロック歌手ニール・ヤングに焦点を当てた音楽系作品も登場した。
きっかけは昨年大ヒットした「皇帝ペンギン」だ。「皇帝」は南極に生息する皇帝ペンギンの生態を丹念にとらえたドキュメンタリー。製作費は約800万ドル(約9億1000万円)だが、米だけで7743万ドル(約88億円)、米を含む全世界では、製作費の約15倍にあたる1億2000万ドル(約137億円)を稼いだ。昨年度のアカデミー賞の長編ドキュメンタリー賞も獲得したためDVDも好調な売り上げを記録。エンロンやウォルマートを題材にした硬派な大手企業の内幕暴露系ドキュメンタリーまで大人気となった。
公開中の「不都合」が公開12週間で約2200万ドル(約25億円)、「ワードプレイ」は公開9週間で285万ドル(約3億2000万円)を稼ぎ、規模は小さいが興行面でも成功を収めている。
もうひとつ見逃してはならないのが、新しい物語を生み出す力が衰弱してきたことだ。リメーク・ブームはその表れで、ハリウッドの王道を行く娯楽大作の魅力が薄れつつあるのは否めない。そのため、実在の有名人の半生を描いた伝記映画や、歴史に残る事柄に焦点を絞ったセミ・ドキュメンタリーともいえる作品が主流になったのだ。
歌手レイ・チャールズの物語「Ray/レイ」や伝説的なカントリー歌手ジョニー・キャッシュの半生を描く「ウォーク・ザ・ライン/君につづく道」、破天荒な私生活で知られた作家トルーマン・カポーティが題材の「カポーティ」、ミュンヘン五輪の悲劇を扱った「ミュンヘン」といった作品だ。
|
ドキュメンタリー映画ブームの火付け役のひとつ「ミュンヘン」=TM&(C)2005 DREAMWORKS LLC./Universal Studios ALL RIGHTS RESERVED |
こうしたリアリティーに貫かれた硬派な作品が続々登場した結果、「観客にとってドキュメンタリーが身近なものになり、ビジネスとして成立しやすい状況になった」(映画評論家、デビット・チュートさん)のだ。
一方、ブッシュ政権を批判した「華氏911」のように、ドキュメンタリーを装い、その裏で明確な政治目的をもって情報や世論を操作しようという作品(「ドキュガンダ」と呼ばれる)の登場を懸念する声もある。
映画批評家のジェームス・ベラルデナリさんは「ネイチャー系のケーブルテレビが放映する良質のドキュメンタリーが茶の間で大人気ということもあり、ドキュメンタリーに対する需要は今後もどんどん拡大するだろう」と予想する。