とっくにメガホンを置いたはずのスウェーデンの巨匠、イングマール・ベルイマン監督(88)が20年ぶりに映画を撮っていた。今秋日本公開される「サラバンド」(2004年)がそれ。米寿を迎えたベルイマンだが、人間存在の深遠に迫る映像表現力には微塵(みじん)の揺るぎもない。
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「サラバンド」の撮影現場でリヴ・ウルマン(右)を演出するベルイマン監督 |
「第七の封印」「処女の泉」、「冬の光」などの〈神の沈黙〉3部作、「仮面/ペルソナ」「叫びとささやき」…ベルイマンの作品群は世界の映画史のなかでも、屹立(きつりつ)している。
91年、第3回世界文化賞(演劇・映像部門)受賞が決まった彼をストックホルムでインタビューする機会があった。王立劇場で「令嬢ジュリー」を演出中で、映画監督業は「ファニーとアレクサンデル」(82年)を最後に身を引いていた。
「あの映画を撮っている間中、私はとても幸福な気持ちに包まれていた。あの心理状態を再現することは二度とできないから、もう映画を撮るつもりはありません」
そう明言したのが印象に残っている。
その一方で、「演劇は私の職業。映画は私個人の感情の表現なのです」とも語っていた。20年ぶりにメガホンをとったのは、彼自身の中にもう一度、映画で表現せずにはおれない感情が満ち、堰を切ったからなのか。
「サラバンド」は、63歳の女性弁護士マリアン(リヴ・ウルマン)が、かつて夫婦として暮らした80歳を超える医師ヨハン(エルランド・ヨセフソン)の別荘を訪ね、離婚後30年ぶりに再会するところから始まる。「ある結婚の風景」(74年)の続編である。あの離婚夫婦の30年後の人間模様が描かれる。
5度の結婚歴のあるベルイマンだが、今回の映画は24年間の結婚生活をともにした亡き妻イングリットに捧げている。彼は「遺作」と公言しているという。
公私ともに長年連れ添ったパートナーのリヴ・ウルマンを主演に、男と女、親と子の愛と憎しみ、人間の本性を暴き出すタッチは、どこまでもベルイマンだ。
サラバンドとは17、18世紀ヨーロッパの古典舞曲。特に有名なのがバッハの「無伴奏チェロ組曲第5番」で、ヨハンの息子とその娘カーリンがむき出しの愛と憎しみをぶつけあいながら弾く場面もまた、ベルイマン映画のもうひとつの頂点に加えられるだろう。