厚生労働省の疫学調査によると、約6割の人がストレスなどから疲労・倦怠(けんたい)感を自覚し、3人に1人が慢性的な疲労を訴えているという。そんななか、不登校やひきこもりにつながる恐れもある小児慢性疲労の患者らに乗馬を体験させたところ、精神的にも身体的にも改善が見られることが科学的に実証された。関西福祉科学大学の倉恒弘彦教授(内科学)は「成人の慢性疲労に対する代替療法としても、ホースセラピー(乗馬療法)は選択肢のひとつになりうる」と話している。
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慢性疲労などに効果があると期待される乗馬=大阪府豊中市の服部緑地乗馬センター |
倉恒教授は、服部緑地乗馬センタースポーツ医学研究室(大阪府豊中市)などと合同で、慢性疲労などに対して、ホースセラピーがどんな効果を与えるのか科学的に検証する実験を継続的に行っている。
研究チームでは、まず乗馬が有酸素運動であることに着目した。健康な成人男女11人を対象に、乗馬に伴う酸素消費量を調べたところ、安静時(いすに座った状態)に比べ、常歩騎乗(並足)は2・1倍、速歩騎乗は4・7倍だった。倉恒教授は「意外にも、ゆっくりと歩く程度の並足でもかなりの有酸素運動になっていた。バランスを取るために、太ももや背骨のまわりの筋肉がけっこう収縮を繰り返している」と説明する。
継続的な有酸素運動は生活習慣病予防に効果があるだけでなく、脳内に「ノルアドレナリン」という神経伝達物質が活発に分泌され、不安や気分の落ち込みを取り除くことも期待できる。「馬に乗って揺られていると、あっという間に1時間ぐらい過ぎてしまう。乗馬は有酸素運動の持続という点でも優れている」
不登校の高校生2人とひきこもり状態の成人3人には、5週間にわたる乗馬体験をしてもらった。その結果、表情が明るくなるなど精神的にも改善が見られ、自律神経系の評価でも交感神経系の緊張が和らいだ。
倉恒教授は「交感神経の緊張が和らいだことも影響して、臨床心理士によると、5人とも以前より表情が明るくなり、他者との会話も弾むようになった。また、内分泌学的にも、不安や緊張、思考力、集中力に関連すると考えられる血清中のDHEASが上昇していた」と説明する。
なぜ、乗馬がこれほどまでに精神面でよい影響を及ぼすのか。「いつもと視線の高さが違い、爽快(そうかい)感を味わうことができる。精神的にも肉体的にも弱っている人が、大きな馬にまたがって、自分の思いのままに動かすことができれば自信につながる。乗馬を通して話題も広がり、社会復帰のいいきっかけになりうる」
倉恒教授は現在、大阪市立大学医学部疲労クリニカルセンターで慢性疲労の患者らを診察しているが、ホースセラピーを代替療法の選択肢のひとつとして勧めることもあるという。
もちろん西洋医学的なアプローチで治療にあたるのが基本だが、疲労はさまざまな要因が複雑に絡み合って陥るもので、特効薬と呼ばれるようなものはない。
「すべての人に乗馬がうまく効くとはかぎらない。人によっては、森林浴や温泉入浴、アロマセラピー、あるいは笑いが効果を発揮することもある。医師が管理しながら、こうした代替療法を施すことは有用」と、倉恒教授は話す。
多くの人があこがれを持つ乗馬。疲れたとき、試しに乗ってみるのもいいかもしれない。