ニューヨークの競売会社サザビーズのオークションで今年5月、現代美術家、村上隆の絵画「NIRVANA」が100万ドルで落札された。1億円を超える高額で作品が売買されるという、日本人としては前人未到の成功。自らその裏側をつづった新著『芸術起業論』(幻冬舎)が話題だ。今秋には東京・広尾にギャラリーもオープンする。“常識”を次々と超越する村上。その真意は、どこにあるのか?
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村上隆「727-727」 (c)2006 Takashi Murakami/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved. |
世界で認められた日本人アーティストは少ない。その理由を本書は冒頭で言い切る。「欧米の芸術の世界のルールをふまえていなかったから」
アートの主流である欧米で勝負するため、村上は欧米の美術史や文脈の中で、自らの作品の文化的な背景や意味を説明した。2001年から昨年にかけて、米仏で企画展も開催、アニメや漫画といった独自のサブカルチャーを相対化し、日本文化として世界へ広めた。
その過程が本書で明らかにされる。業界の構造を知り、戦略を練り、作品を作るため経済的な自立をはかること。これまで切り離されてきた芸術と経済を本格的に論じた異例の“起業論”だ。
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欧米ではなく、日本から市場へ勝負を挑む現代美術家・村上隆 |
「この本のメッセージは、世界ランカーとなるプロへの道のり。そのために日本の美術系学校の教育はいかがなものか?と。井の中の蛙状態では本当の芸術創造の現場に出合えない。それじゃ日本の遺伝子、もったいないということです」
世界有数の画商や収集家が集まり、取引する業界最大規模のアートフェアが6月、スイスのバーゼルで開かれた。現地を訪れていた村上は、新聞を読んで驚いた。
「世界中から140機もプライベートジェットが来て、作品が何兆円も売れている。業界が爆発し始めているんです」
若手アーティストを発掘し、プロデュースするため、自ら設立した有限会社「カイカイキキ」を先月、埼玉県朝霞市から東京・広尾へ移転した。秋にはギャラリーもオープンする。欧米ではなく、日本から市場へ勝負を挑む。
「今の日本、東京は過去最高の商品価値がある。そのブランドをアート業界の爆発に掛け合わせて、どこまで行けるか試してみたい。もし成功して、後に続く者が現れてくれれば、僕の仕事は終わる。東京のど真ん中でやる短期決戦です」
芸術はさまざまなエンターテインメントの中の“一滴のエキス”という村上。「日本は、優れたクリエーターが多い。ただこれまでは、よその国に開発してもらったエキスで、薄めたカクテルをおいしく飲ませるのが日本の文化だった。しかし、これからはみんなもエキスを作れるということを伝えたい」
枠にとらわれない村上は、毀誉褒貶(きよほうへん)にさらされながらも、前へ前へと進んでいる。ビジネスが最終目的ではない。村上にとって、芸術は世界に向けた「無血革命」だ。
「日本は戦争に投資せず、生活インフラに注力できた。エンターテインメントを楽しめるベースがある」。そんな日本の文化を広めることで、世界の変革をねらう。「芸術には、もっともっと可能性が出てくる。本当に『無血革命』を起こしているわけです」