女性社員に、身の上相談に乗る先輩社員(メンター)をつける企業が増えている。仕事や家庭における悩みを打ち明けられる“駆け込み寺”を会社が用意した形だ。背景には、優秀な女性社員の確保と活用に迫られている企業側の事情がある。
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「最初が肝心。一生懸命に仕事をして、ネットワークをつくるように」。メンターである磯部聡子さんから、営業の心得を学ぶ牟田華名子さん(右)=東京都世田谷区のタイコヘルスケアグループジャパン |
■よきお姉さんに
「初任地の希望を東京にするか、出身地にするか迷っています」−。タイコヘルスケアグループジャパン(東京)に今春、営業職として入社した牟田(むた)華名子(かなこ)さん(22)の悩みに、同社で営業経験の長い磯部聡子さん(38)は、「勤務地の地名ではなく、自分がどんな仕事がしたいのか、具体的にアピールしたほうが上司も納得すると思うよ」とアドバイスした。
入社したての新入社員とは別の部署のベテラン社員。本来なら知り合う機会のない2人が食事に行ったり、何かあればメールや電話でやりとりをする。これを可能にしたのが同社が今年1月に導入した「メンター制度」だ。営業職と事務職の女性新入社員6人に入社前から、係長級以上の女性の先輩社員を1人ずつあてた。
牟田さんの職場に女性はゼロ。入社したてで「まずは仕事に全力投球」だが、ぼんやりと結婚や出産後への不安もあった。だが中学生を育てながら管理職として働く磯部さんと話すうちに、「これからいろんな人生の転機が訪れても何とかやっていけるかもしれない、とホッとする気持ちになった」という。
「メンターに期待するのは新人トレーニングではなく、あくまでも会社内の“よきお姉さん”としての役割。また精神面でのフォローのほか、その活躍が若手の手本(ロールモデル)ともなって、女性社員の定着につながれば」と織畠(おばた)潤一社長。また、こうした新人へのフォロー策が「少子化により人材の確保が限られるなかで、より優秀な女性獲得への差別化につながれば」と話す。
■深刻な労働力不足
「女性社員から管理職を育成する手段の1つ」として平成14年にメンター制度を導入したのが、住友スリーエム(東京)だ。メンターを務める役員・管理職と話すことで、女性社員に経営陣や上層部の考え方を学ぶ機会を与え、職に対する責任感を培うとともに、キャリア形成へのイメージをつけてもらう。
「うれしい誤算は、役員クラスに有能な女性社員が多数いることを知らせることにつながったこと」と人事オペレーション部の福田積子マネジャー。
また、「女性管理職を増やすには、長期的に働き続ける女性社員を増やしていくことも大切」として前出の2社の目的を折衷したようなメンター制度を16年に設けたのは伊藤忠商事(東京)だ。
30代以上のベテラン女性社員13人がメンターとなり、若手を中心とした女性社員19人の相談に乗ると同時に、メンター歴2年目を迎えた8人には幹部育成研修への参加や経営幹部によるメンタリング(相談)の機会を与えている。
このようなメンター制度の導入が進む背景には、企業にとって、優秀な女性社員の確保と活用が急務になっている実情があるようだ。京都大学大学院経済学研究科の橘木俊詔(たちばなき・としあき)教授(労働経済学)は「少子化による労働力不足に伴い、今後、女性に頑張ってもらわないといけない。勤労意欲や意識の高い有能な女性社員が増え、企業も有効に活用したいと考えるようになっている」と話している。
■「両立の手本」の役割も
21世紀職業財団が平成17年6月に発表した「女性労働者の処遇等に関する調査」によると、従業員100人以上の企業2528社で働く女性の昇進に対する不満は、勤続年数が上がるほど高まる傾向が見られた。現在、メンター制度をはじめとした女性活用施策に各社が取り組み、女性の管理職登用を急ぐ背景には、このような不公平感の解消もあるとみられる。
また女性社員にとって仕事に脂が乗る30代に、仕事か家庭かの選択を迫られることが少なくなく、年齢を横軸にした女性の労働力率は依然としてM字カーブを描いたままだ。「社会人としての手本なら、同じ職場の男性社員でもいいが、出産や育児などをどう乗り越えていけるのか、ロールモデルを示してくれるのは女性社員になる」(伊藤忠広報)というように、メンターが両立の手本を示す役割も大きい。