甲高いドリルの音とツーンと鼻にくる薬品のにおい−。大人になっても歯医者が苦手という人は多い。深刻な場合は、恐怖のあまり失神してしまう例もある。そんな「歯科治療恐怖症」の人に対し、全身麻酔などを施す「歯科麻酔科」が注目を集めている。治療に際し痛みがなく、当日に帰宅することも可能という。
■診療台で失神
「待合室で足が震え、診療台に上っただけで失神する方もいます」−。東京歯科大学水道橋病院(東京)歯科麻酔科長の福田謙一さんは“重度”の歯科恐怖症についてそう語る。
同病院では平成13年、歯科麻酔専門医による専門外来「リラックス歯科治療外来」を設けた。治療は、問診やレントゲン撮影を行ってから、治療計画を立てるところから始まる。治療期間や治療部位などを踏まえたうえ、主に恐怖心や嫌悪感が強い患者には、静脈に点滴をして、ウトウトとした状態で治療をする「静脈内鎮静法」で対応する。
「例えば、口を開けてもらうときにだけ意識レベルを上げるなど、(点滴の量などで)比較的自由に(患者の意識を)コントロールできます」と福田さん。口の中に手をいれただけでむせかえってしまう「おう吐反射」を示す人など、より強い拒否反応を示す患者には全身麻酔で対応している。
歯科麻酔医と歯科医がタッグを組んで治療に当たる医院もあれば、「リラックス歯科治療外来」のように両方を1人が兼ねるケースもある。
全身麻酔の場合でも治療後、1時間半程度で麻酔は切れる。「その日のうちに帰宅し、お酒を飲むことも可能」(福田さん)という。費用は健康保険が適用されるケースもあり、1回数千円ですむこともある。
歯科麻酔科はもともと、障害者ら長時間じっとしていられない患者を対象としていたが、「治療する際の(患者の)ストレスに注目が集まるようになってきた」と、歯科ジャーナリストの秋元秀俊さんは広がりの背景を説明する。
欧米では親知らずを抜く際、全身麻酔や静脈内鎮静法が一般化しているともいわれる。「日本は野蛮だなどという声もある」(都内歯科医)といい、日本人の“我慢強さ”に頼ってきた面もある。そんな状況から、これまで「恐怖症」の実態を歯科医ですら認識し切れていなかったという。
東京歯科大学の福田さんは「『怖くて30年以上歯医者に行けなかった』という方など、恐怖心を抱いている人の多さに驚いた」と目を丸くする。恐怖症患者の実態は患者数の増加が表し、リラックス歯科治療外来は開設以来、患者数は増え続け、2年間で倍増したという。
■リストを公開
歯科麻酔専門医は大学の付属病院を中心に全国にいる。日本歯科麻酔学会(東京)によると、学会の会員数は約2000人。そのうち200例以上の経験を持つ「認定医」は約1000人。さらに5年以上の経験を持ち、試験に合格した「専門医」は150人強だ。
学会は今年6月から、専門医のいる医療機関名や医師名をインターネットのサイト上で公開している(
http://wwwsoc.nii.ac.jp/jdsa/index.html)。麻酔に対する不安や警戒心があるのは確か。学会では「安全で安心の歯科医療を求める声は多い。多くの患者さんに(サイトを)利用してもらいたい」と呼びかけている。